常在日常2

Livedoorブログで「常在日常」という日記ブログを書いていましたが、はてなブログへ移行しました。ブログタイトルの由来は常在戦場から。戦場ではないので日常にしてみるかという適当な思いつき。

透析中止で死亡の記事を読んで、末期癌の家族がいた身内側の心境を書いてみました。

人工透析治療の中止の選択中に死亡した問題の記事を読んで、事例は違うので参考になるのか分かりませんが、末期癌だった叔父の治療の中止を決定する際の家族側の心境を書いてみました。書き終えたら恥ずかしくなってきたので、読むなら色文字だけ読んでブラウザバックしてください・・・





私の場合ですが、叔父が肺の末期癌でした。脳にまで転移し、助からない状況でした。助からない叔父は治療の必要はないと以前から言っていて、そう答えると、私も決めていましたが、担当医が最後の最終確認で私に「本当に治療の必要はありませんね?この後苦しくても変えられませんよ!?」と何度も念を押してきました。
事前に治療しないと決めていた答えを返す際、そこでものすごく躊躇しました。なぜなら、私自身の手で身内を死なせる許可を出すのだから。

担当医は当然、家族にはっきりと、明確に意思確認をします。当然、担当医も患者の治療をしない事に加担するのですから、重い責任です。まして、つい1ヶ月前まで赤の他人だった相手の、命です。

私は結局、その叔父の前で叔父本人を含め、叔父のうなずきの後に返事をしました。死ぬという決断を死ぬ本人にさせてから返事をした。子供の頃から何度も身内の死には慣れているのに、いざ、そういう場で決断の番が回ってきても逃げたのです。

私は決断をするだけです。実行するのは医者、死ぬのは叔父。治療はしないと言うだけなのに、それが自分の口から先に言えない。

胸中にあったのは「どうして、その決断をするのが俺なんだ!?」という思い、己の手を汚す覚悟のない弱さ。わが身可愛さに決断を放棄し、一番苦しんでいる本人に先に頷かせた情けなさ・・・

これほど情けない男もいないでしょう。治療中止後、叔父は苦しさから何度も人工呼吸器を外しました。私も呼吸器を外さないように見張らねばならないので、何日も病院に泊まって過ごす日々ですが、叔父はずっと苦しそうでした。
しかし、延命しても、助からないからどちらにせよ苦しむ事を考えると、これでよかったのかもしれない、と考えていました。同時に、ここまで苦しんでいるなら早く亡くなって楽になってほしいという思いも強くありました。

周囲を見回しながら、時々呼吸で苦しむのです。何日も何日も。死が分かっているからか、雑誌を渡しても、どんな娯楽を渡しても、必要としていませんでした。ただずっと意識はある状態です。苦しむ様を家族は延々見続けるのです。正直、安楽死制度みたいなものがなぜないのかと、内心かなり苛立っていました。「苦しめるだけじゃないか・・・」と。

叔父は6日後に亡くなりました。当時、家に戻っていたので、車で病院へ向かう途中で連絡が来て、病院で亡くなったようです。

私はもしも自分に最期の時が訪れる時は、私から先に切り出すと決意しています。今後、もしも私に家族が出来たらの話ですが、今のところ予定はありません(笑)

豊かで平和な国となった今、それでも、この問題は残酷で、誰にでも可能性のある問題です。今一度、ご家族のいる方は考えてください。「死」は誰にでも訪れる。別れが辛い、その決断が辛い、そうやって逃げても解決なんかしない。余計苦しむだけです。どんなに苦しくても目を逸らしていい問題では決してない。「死」から目を逸らすというのは、生命に対する最大の侮辱だと考えています。

お前が言うなという話ですが。