常在日常2

Livedoorブログで「常在日常」という日記ブログを書いていましたが、はてなブログへ移行しました。ブログタイトルの由来は常在戦場から。戦場ではないので日常にしてみるかという適当な思いつき。

人生にはあらかじめ決められたシナリオがあるのではないか?

人間にはあらかじめ何種類ものシナリオが決められていて、その道をサポートするナビゲーターのような何かがあるのではないか?

 

選んだ道で、選んだ結末がそのページに書かれている。そして結果も全ては一つの本の中で完結しているのではないだろうか?そう、まるでアドベンチャーブックのように。そう感じる事が日々強くなっています。

 

私自身の人生経験からそう感じたので書いていきたいと思います。(また例の如く長い自分語りなので読んでみたい人だけどうぞ。)

 

その存在は、19歳の時に感じたのかもしれません。当時の私は、なぜか人に監視されているような錯覚を覚えました。それが何かは分からない、周りを見回しても、誰もいないし、外を見ても誰もいない。だが、私を見ているものがいる。そういう感覚でした。

 

私は小学校1年の頃からどこへ行ってもからかわれたし、(小学生の頃は同級生に話しかけただけでいきなり殴られたりもあったのを覚えています。)高3までどこへ行ってもいじめられました。現在も、初対面の人からの嫌悪を向けられる事も少なくありません。不思議です。私が色白で目つきが悪いのが原因なのかもしれませんが。(それが原因だろ)

 

それはそうと、当時はただの妄想だろうとモヤモヤしながらですが、存在に対してそのうち忘れていきました。この当時私は、人生が何かルートがあって、そのレールに乗っているような錯覚を感じていたのを覚えています。

 

20歳の頃、私が大学への編入試験に合格して1ヶ月後、母が亡くなりました。末期がんです。私はこの頃母の実家(現在私の暮らす家)で祖父母の介護をしながら大学に通っていました。私自身は腰のヘルニアの悪化によりこの頃はほとんど右足を引きずって歩いていたのを覚えています。

 

大学の卒業論文提出が終わり、就活前に腰の手術をしました。ブロック注射も効かず、どうしようもない状態だったので、はみ出た髄液を撤去する事になったのです。2週間近い入院とリハビリの末、何年も常に続いた激痛から解放され、ようやく私は普通に歩けるようになり、自由な体制でゆっくり眠ることが出来るようになりました。(ただし、足の筋肉が何年も硬直した状態になり、今も整体で月に1度リハビリしています。冬に痛むことがあります。)そして最初の会社を受けた翌日、母が階段を上って空に行く夢を見ました。後日、内定が出ました。

 

 私が次に何かの存在を感じたのは、私が自衛隊に受かり、入隊する前に神社に行った時です。私はこれからは自力で何とかしなければいけないなと、自立のため、御守りなども全てお炊き上げに出し、神社で「これからは自分の力だけで生きていきます。」と心の中で祈ったのです。就職も無事決まって安泰と思われた私の人生は転落していきます。 

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その後、私はなんと、隊の身体検査にて、メンタルに問題があるとされ(以前の職場以降パニック障害と診断されたが、5年以上薬すら飲んでおらず、大勢のいる場や面接時も全く症状が出なかった。にも関わらず。)、横須賀基地から一人だけ帰される事になりました。

28歳ギリギリの年齢で、私は無職に戻りました。父からは「なんで返されたんだ!」と文句を言われ、ひたすら愚痴を言われ、一番辛いのは自分なのに散々でした。

 

無職に戻り、私は義母と父の元に戻り、派遣社員として働こうとしたのですが、情緒不安定により一旦全てが嫌になり、仕事を放っぽり出してカッターを買い、山中へ向かいました。山中車内なら誰も駆けつけず、死ねると思ったからです。(結局死にませんでしたが。)

 

この頃人生で初めて、脳内に直接声が響くという体験をしました。夜の静かな閉め切った車内で引きこもっている時に、「戦え。」という一言が聞こえたのです。「え?」と車内で思わず周囲を見回しましたが、誰もいませんし、窓も閉まっていました。耳に聞こえる感覚とは異なり、脳内に直接声が響いた感じでした。初めての感覚でした。

 

私は「戦え。」と囁かれたこの言葉を現実と戦え。と、そう示している意味だと感じました。(そもそも戦争をしているわけでもないし、敵もいないので。)後にも先にも今のところ、脳内に直接聞こえた声はこの時だけです。

 

その後も色々ありましたた、早く家を離れたくて、安いアパートを借り、生活しました。お金があまりなく、フルタイムで働いて1日の食事が食パン1枚、我慢できない時はバナナ1個追加など、給料前借りで何とか家賃が払えるお金が貯まるまで働きました。

 

派遣や文具店のアルバイトを転々とし、バイトをしていたのですが、どうも安定して長続きがしない、自分がどこにいても落ち着かない気分でした。本当にどうにもならない人生の先が見えない状態で、私はまた、神仏に頼る気持ちになりました。

(人にはそんな態度や不安は見せませんが、これは皆様も同じだと思います。皆見えないところで自分なりの悩みなどを抱えているものです。見えないからこそ、その人の幸せそうな部分だけを見て叩く人が多いのが悲しいですが。)

 

自分から拒否しておいて今さらだと思いますが、将来を考えると、私はどうしようもないと絶望し、「助けて。」と独り言でそう呟いたのを覚えています。

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その後、私の叔父が末期癌で亡くなり、私が母の実家とその家で暮らしていた叔父の遺産を相続することになりました。これが31歳の頃です。

( その後の私に起きた事などは、外部サイト「理不尽に抗う」で掲載中です。)

 

その頃、叔父の部屋で朝起きる物音が聞こえて不思議でした。私はその頃、半信半疑でしたが、神仏の存在を再び認知する事に決めたのです。

 

いつも叔父が起きる朝5時に、廊下や階段を下りてくる足音がするのです。私も長年住んで慣れている家なので、猫や鳥の足音と人間の足音の違いさえハッキリ分かります。 明らかに人の足音でした。ですが、すぐに懐中電灯をもって向かっても、誰もいません。不思議な事にしばらく続きました。

 

私はほぼ半引きこもりの生活状態が数年続き、足も老人みたいに細くなりました。ですが、まだもがいていました。どうにもならない苦しみを何とかしたいと。どこへ進めばいいのか分からないまま。

 

そして最初のきっかけは、たまたまネットで見かけたスクワットチャレンジです。細くなりすぎた足を見て、何か始めてみようと、1日20回くらいから始め、2週間位して電車に乗って久しぶりに隣町に行った際、体が電車の揺れに以前より振り回されなかった事で、効果を実感し、そこからどんどん筋トレを続け、読書を続け、立ち直っていきました。

そして、急に運が回ってきたかのように立て続けに様々な不思議な出来事が起こり始めたのです。

 

何度か夢を見ました。雲の上にちゃぶ台、ふくよかな羽の生えた女性。絵画で見たような方達と、着物を着たおじいさん。笑顔で黙って頭を撫でられたのを覚えています。面識はないです。私はなぜか子供に戻っており、「僕も空を飛びたい!」といって羽の生えた女性を困らせた夢を見たのでした。

 

他にも夢の中で「とりあえず仕事を探せ」とアドバイスする関西弁のおっさん、外国人らしき人、色々な夢を見ました。一人で暮らしているはずなのに、まるで一人ではない錯覚。

霊能力なんてないので幽霊なんて見えませんが。一番苦しい時期にはカラスの羽が2年連続で敷地に落ちていたり(過去記事参照)。

 

余談ですが家の屋根を歩く足音の正体はカラスでした。(去年こそこそベランダ覗いてみた。)毎年10月あたりに聞こえる足音。今はどこへ飛んでいるのやら。ていうかかなり大きいカラスでした。渡り烏かなぁ?

 

jouniti0617.hatenablog.com

 

あと去年、非常に珍しい白いカラスをバイト先へ向かう時に見ました。空飛んでる白い鳥がいきなりカーカー鳴いて「え、カラス?」と驚きました。本当にカラスだったんですかね(困惑)

 

再び話を戻しまして。なぜか家の庭は日が当たらないのに瑞々しく綺麗な雑草が咲いたり、夏には親子バッタを見かけたり、秋には鈴虫が鳴いたり、猫のトイレになってたりと、なんか周囲でやたら私の家だけ自然の連鎖というか、動植物達が騒々しく動いているんですよね。

 

周りの家々ではそんな事がないのに、私の家の周りだけなぜか瑞々しく生命力に溢れているという不思議さ。毎回虫が家に入ってくるの勘弁してほしい。

 

また、偶然ですが、家の基礎やその他のメンテナンスが疎かで、ボロボロになった家の補修工事を遺産を使って行ったのですが、なぜか費用を通常よりも抑えてやってくれる事が多かったです。一度は高くて断ったのに(ちなみにネットで見る限り相場通りなので違法ではない。修繕前と修繕後で写真を撮って報告し、説明も全て行う優良業者です。)

 

業者の会社の倉庫が数ヵ月後に移転する事になり、処分する部品が余り、それがたまたま私の家の補修工事に使う部品でかなり工事費用を抑えられて工事をしてもらえたり、去年の千葉の災害で埼玉の工事業者も皆借り出されたのですが、その災害の前に大掛かりな修繕が必要な工事は全て完了しました。

 

銀行や業者さんから「未来でも見えているんですか?」と、冗談ですが言われたほどです。あまりに色々とタイミングよく進んだのは、私自身の妄想だけでなく、人から見てもちょっと不思議だったようです。もっとジャンジャン来てもいいのよ!

 

私にそんな能力はありません(あったらすごい)。なぜか勝手に良いタイミングが来てくれただけです。

 

家を引き継いでから、本当に昔の自分では体験できない世界を見ています。たとえそこに至る条件になっていなくとも、なぜかいずれよりよい条件になって機会が回ってくるのです。

しかも当時は予測さえしていないのに、他の物事で下地が既にできて、準備が出来ていたりと、偶然にしてはあまりに出来すぎなくらい、この5年間で体験しています。

 

特に遺産相続までの間に経験した様々な日常への感謝、お金に何度も困る生活をしていた事、登山、旅行など広くて違う世界を見る経験。

 

まるで相続後に私の身に起きる事が想定されていて、私の心が耐えられるように色々な準備が進んでいたのではないかと、こうして自分の記憶を振り返ってみると、全てが現在の自分に繋がっているし、妙に納得してしまうのです。

 

 

命は生まれ、死ぬ。なぜ生まれるのか?なぜ死ぬのか?

云わば人生とは既に完結した本で、今の私を「違う存在が」見ているのではないか。そう、トゥルーマン・ショーのように。今書いているこの文章も。考えればキリがありません。

 

神や心霊を今までよりも、「確かに存在する」と信じ始め、意識しだして、行動し始めてから、まるで自分のフォローに回るような「見えない流れ」のようなものに気づき始めたのです。偶然ではない何かの意図を感じずにはいられません。

 

ごめんなさい。言葉では説明できないのですが、私の中でだけ納得のいく出来事や法則?が成り立っていて上手く説明できません。申し訳ございません。自分でも何を言っているのかわかりません(汗)

 

なんか色々と価値観や視野がこの6年で劇的に変わって、モヤモヤしていたので書いてみた記事でした。個人の日記ブログだからこそ書ける事ですね。

 

余談ですが最近の変化としては、いつものように時々心霊動画をネットで探して見ている時に、昔は何を見ても何も感じなかったのですが、現在は動画によっては突然、体に寒気を感じるようになりました。なぜか反応する動画と反応しない動画があるのです。頭に鳥肌が立つというか・・・変な感覚です。これが霊感ですか?ゴーストスイーパーにでもなっちゃう?(ネタが古い)