常在日常2

Livedoorブログで「常在日常」という日記ブログを書いていましたが、はてなブログへ移行しました。ブログタイトルの由来は常在戦場から。戦場ではないので日常にしてみるかという適当な思いつき。

いじめ被害者に伝えたい事

私はいじめ被害者側の人間ですから、もしも彼らが悩んだ末、加害者を殺害などをしても、肯定します。が、同時に怒るでしょうね。自身の人生を台無しにした行為を。ここまで追い詰めた周りの状況を。なんとも言えない結末を。いじめは心の殺人です。目に見えないからって曖昧にする事は許されません。

 

もちろん、殺人なんて実際にしては人生を台無しにする行為です。「絶対に選ばない」ようにして下さい。相手のためではなく、「被害者のあなたの人生をクズのために犠牲にしてはならないから」です。

 

殺人の肯定。それはなぜなら、人間としての最低限の誇りすら奪う相手は、ただの侵略者であり、同じ「人間」とはもう呼べないからです。戦争です。

 

大げさでも冗談でもありません。私は真面目に戦争だと考えています。

「自分自身」と言う国を否定され、その存在の意味まで「他人」という他国に笑いものにされてまで我慢する必要はありません。

 

人間は元々動物です。奪われてどうしても苦しいならば戦ってでも取り戻しなさい。自分と言う国を生きるために。その結果、相手は負けて滅んだ。それだけの話です。

命に勝手にたくさんの意味を付加しているのは人間側です。それを取っ払って考えたなら、単純な話です。人間社会の常識から外れた行為をされたから、やり返されただけです。

 

 

そこまで衝動的にならないように日頃から心を強く持ちましょう。弱くても情けなくてもいいのです。涙を流しながら震えながらそれでも表に出して戦いなさい。何度やり返されても自分で情けなく思っても、周りの見方はみな異なるのです。

 

笑うものもいれば、罪悪感に悩むものもいる、正義感に踏み出すものもいる。あなたが一歩踏み出せば、あなただけでなく、あなたの周りも変化し始めるのです。本当の意味であなたこそが主人公なのです。

 

無責任に、全ての状況がそうだとは言えません。色々な状況がありますから。たとえば本人の行動に原因があって周りから嫌われただけなのに、「いじめられた!」と自分を反省する事無く、平然と正当化して被害者のフリをして攻撃する人間もいますから。

 

いじめられる側も勇気を出さねば、現状を変えることは出来ません。どれだけ手助けしても、最後の選択は本人が一歩を踏み出さないと誰も届かないのです。

 

学校でのいじめなら、不登校でも構わない、その代わり、授業以上のやりたい事を見つけること。(不登校中、自分は神社巡りに行ったり、色んな本を読みました。)人間関係以外の、興味を持ったことをやってみる事(道徳、法律に反しないように)、いじめ以外の物事でも一歩を踏み出せなければ、現状は一生何も変わりません。

 

一歩目は大きなことでなくていいです。例えば朝起きる時、目覚ましの時間を変えるだけでもいい。朝に食べるものをパンではなくご飯に変えるだけでもいい。昨日と違う事を思いついたら気軽にやればいい。

変化の一歩目とは、それくらいでいいのです。最初の一歩を踏み出し続ければ、歩き始めたのと同じ。始めれば勝手にどんどんやりたい事が大きく増えていきます。チャンスは探し求め続ければ向こうからやってきます。自分の日常を意識して過ごしてみてください。

 

親が世間体を気にするのなら、最低登校日数を切らないように何度も休みながらでも、せめて中学は卒業して下さい。出来れば高校の方が人生経験の保険としては破格ですが。

 

世界は広い、自分がただ見える範囲しか見ていなかっただけで、少し上を向いたり、裏側に回り込んだりしてみると、両手に抱えきれないほどの広さです。心の目を閉じないでほしい。それが元いじめ被害者の願いです。

 

 

余談ですが、私の対応策です。

 

どうしても相手にされた事が苦しくて辛く、恨みを抑えられないなら、自分の中で相手にあだ名を付けるというのも一つの手です。

私は近所の子供の頃から知っている方々に理不尽で一方的ないじめを現在も受けています。妬み僻みによる一方的ないじめです。それまでは普通に挨拶する程度の間柄でした。

彼女達の主犯に苦情を言い、私に陰口が聞こえていたとバレても、誰一人非を認める事もなく、謝罪の一つもなしに有耶無耶にしようとしています。主犯に限っては逆恨みで嫌がらせが増しました。便乗して取り巻きも結局主犯と共に嫌がらせを続けています。

 

しかも彼女達のいじめの始まりは理不尽で、私の母の実家の祖父母、叔父が亡くなり、身内で唯一生きている私が相続して(母は既に他界し、父は県外で再婚して新しい家庭。)、数ヵ月後から始まりました。それまで挨拶もちゃんとする関係で、私も特に主犯は信用していて、叔父の危篤時には真っ先に電話で相談したくらいです。

 

夜遅く、周り近所もいる中でウチの中に聞こえるように大きな声で「人生楽に生きていて許せない!」と私に対して言ってきたのです。この人は私を全く見ていないのだと、この人は「私を孫みたいに思ってる」とか言っていたのに、この人が見ていたのは、私自身ではなく、私の家族が持っていた遺産なのだと。私を一切見ていなかったのだと。ちなみにこの方とは一切血縁関係はありません。近所の子供の頃から知っている方です。

 

妬みなのでしょうけど、私の視点では家族がもういない家で不安や孤独感を抱えていたけど、この人達がいるし、何とか一人でも生きていけると思っていた。その信用していた人達からの一方的な陰口悪口難癖付け、さらに苦情を言っても一切認めず、それどころか全部私の勘違いだといい、私に謝罪させたのです。

 

現在二度苦情を言いましたが、効果はなく、それどころか逆恨みされ、嫌がらせは悪化しています。私は5年間で何度か自殺未遂、人間不信で言葉にならない苦しみと絶望を味わいました。本当によく死ななかったなと自分を褒めても褒めたりないくらいです。

 

本当に傷つきましたし、この人は未だに苦情を私が言っても、嫌がらせをやめません。5年以上難癖をつけられ続けていますし、現在もそうです。

私は人生で初めて、他人に対して本気の殺意を持ちました。もし同じ家にいる人間だったら、私は衝動的に殴り殺していたかもしれません。

(だから私はどうしても仕方なかった場合の殺人を肯定しています。当然表向きはそんな事は言いませんが。世の中には本当に何をしても反省しない、改善しない、どうしようもない人間がいると経験で知ったからです。)

 

ただ、この主犯や周り近所の方々をいくら攻撃しようと、物理的に攻撃しようものならこちらが犯罪者として捕まります。彼女達と同じ外道に堕ちず、自分の人生を全うしたい、まだ形見の、色々な思い出のある家を手放したくない、あの世で家族やご先祖様に顔向けできない人間になりたくないと、ずっと耐えています。

 

そして耐える方法の一つとして、彼女達にあだ名をつける事にしました。もちろん本人達には言いません。彼女達を「醜女(しこめ)」と心の中で定義しました。醜女とは、黄泉の国にいた、容貌の醜い女です。実際近所の方々は、この5年で容貌が酷く変わっていました。(特に主犯は髪が逆立ち、顔は黄色く、目や口はどことなく真っ黒です。最近苦情を言いに向かって、見かけて驚いたくらいです。口にする言葉でこんなに人の顔は変わるのかと。主犯以外も、どことなく目や口が黒い雰囲気が出ていて嫌な感じがする時があります。笑顔でもなんか目と口が真っ黒なんですよね。)

 

まぁそんな感じで、「あれは黄泉の国の化け物、妖怪だから、人間の常識や道徳は通じない。取り憑かれるから何を言っていても聞く耳持つな。」と自分に言い聞かせています。同じ人間だと思うから苦しいのです。人間の姿をしているけど、人間の心は持っていないのだから、自分で定義してこういう生き物だと決めればいいのです。

 

いじめに直接抗った体験談

 

私は高校生の頃に不登校を起こしています(何とか卒業しましたが)。小学生の頃から人に嫌だと言えない性格で、人ともめて孤立するのが怖くて。その我慢の限界が来たからです。

大学生の頃に、「私はこのまま嫌な思いを、情けないままずっと続けていくのか?」と何時間も悩み苦しんだのを覚えています。

そして決断して、明るく喋る彼に、私を弄っている方に、電話で縁を切ってくれと言いました。私は泣いていました。声も震えていました。情けない男ですね。

ですが、私は初めて自分の力で、勇気を出して抗ったのです。結果、縁を切りました。この勇気を出した一歩は、私にとって、その後の人生を変えた一歩でした。

 

二度目は派遣社員の頃、年上の方でしたが、執拗に金を貸してくれと催促されました。私は何度も断りましたが、人格批判みたいなメールをしてきたので、こっちもカチンと来て言いたい事をハッキリ言ってやりました。次の日職場で会って、「ごめんよ。」と謝られました。その後別の職場になりましたが、この人は全く変わっていないようでした。

 

派遣社員で働いていた頃は、結構前科者も色々いたり、問題のある方も多かったのですが、私も気後れすることはありませんでしたので、特に弄られたり、いじめられる事もありませんでした。過去のう姿が情けなかろうと、自分を纏う空気が変わっていたのかもしれません。少なくとも小馬鹿にされるようなからかわれ方が、人生からなくなったのは事実です。

 

三度目は遺産相続の際、何年も私をいじめた近所の老婆。主犯であり子供の頃から信用していた相手です。抗った結果、彼女は一切自分のした事を認めず、私の勘違いだと喚き、私に謝罪させました。この時はとても苦しかったです。しばらく酒に逃げました。

 

四度目はまた近所の同じ老婆です。つい1ヶ月ほど前の出来事です。というのも、私が最初に苦情を言いに言った後、嫌がらせが悪化して、かなりストレスになっていたからです。今度は息子さんが出てきました。本人はチャイムを鳴らした後、私だと確認したにも関わらずです。息子という第三者だからか、以前より冷静に今までの事を伝えました。

 

息子さんは「もう歳だし穏便に。」「伝えておく。」と言っていましたが、あの老婆は最近も私の難癖を自治班長に吹き込みに行ってたので変わらないようですね。しかし、私自身はこうして抗う事に慣れ始めたのか、あまり体が震えませんでした。声も全く震えておらず、強気でいられました。もちろん、少し酒を飲んでたと言うのもあります。ただ、缶の半分も減っていないのでほぼ素面でした。

 

最後の対応策で、直接自治会長に「私は自治会をやめます。」と伝えました。おそらく主犯は嫌がらせを悪化させるでしょう。(そもそも主犯が誹謗中傷などをしなければこんな事態になっていないのに。まるで反省なし。倫理も道徳もないですね。)話を聞きたいということで、話しました。近所の他の被害に遭った方がいたことも知りました。近所に住んでいる老人方ともう関わるのは二度とごめんです。挨拶すらしたくありません。形見の家を捨てる気はまだないので、私はやり過ごす道を選びました。

 

今までの経験から、私は恥をかくのが怖くて、人に情けない姿を見せて笑われるのが怖くて、自分自身の心に負けていたのだと気づきました。確かに、現状が変わる事はないのかもしれません。周りに引かれたり、笑われたり、悪化することだってあるのかもしれません。

ですが、自分の内面が変わります。私が初めて抗った大学生の頃の最初の一歩が、その後の私を大きく変えました。たった一歩がその後の人生に大きく影響していると、今は実感しています。

一人も友達がいない?大丈夫!学生時代の友達なんてひとりも連絡とっていません!連絡途切れるのが普通です!色々ある私の人生ですが、それでも私は私を貫いて生きているとハッキリ胸を晴れます。

 

理想は強くカッコよく!人に好かれる物語の主人公みたいな立派な人間になりたかった!今もそういう人物に憧れます。

 

しかし、現実は全く当てはまらない、間逆の弱くて情けない人間です。ですが、私は今の自分が好きです。外見も中身も心のどす黒い汚い部分も矛盾も全て含めて自分を受け入れています。人や世間にどう思われようと、私は自分を信じています。

 

人に見栄を張ってしまう事もある。強く大きく見せようとする事もある。恥ずかしい失敗はこれからも多いでしょう、そして世間的に見れば、私は負け組みの失敗作でしょう。しかし、全て含めて、私は自分らしいと受け入れています。だから飾る必要もありません。「なんだかよく分からないけど、ヨシ!」みたいな感じです(笑)これからもそれは変わらないでしょう。

 

ちなみに私の人生の半分近くはいじめの被害に遭ってます。小学校~高校、30歳になって家と遺産相続から5年。36歳のうち大体16年はいじめと共に生活しています。現在もご近所さん達からの嫌がらせは続いていますが、たかが数人、世の中の面白い事は無限に増え続けています。空は広い。楽しいですよ。