常在日常2

Livedoorブログで「常在日常」という日記ブログを書いていましたが、はてなブログへ移行しました。ブログタイトルの由来は常在戦場から。戦場ではないので日常にしてみるかという適当な思いつき。

(胸糞注意)近所の誹謗中傷してきた人達とのその後

 この記事を書いた後のその後のご近所さん達との現在の関係です。全部愚痴ですので読みたい方だけどうぞ。長いし人の話なので飽きると思います。

jouniti0617.hatenablog.com

 

 

その後の話ですが、周り近所はそもそも私が外に出た途端、家の中に引っ込むので挨拶すらしていません。そして私が日曜などに朝から出かけ、夕方帰ってくると私の悪口を吹聴し始めます。

ちなみに、私以外も出かけたりしていますが、それに関しては全く何も言いません。近所の方達自身もしょっちゅう朝から晩まで誰かと遊びに出かけていたり、家族と過ごしています。ですが私だけをターゲットにしているようです。

 

まともな近所の方々も、私の愚痴ばかり聞かされるからか、私には関わりたくないようです。当然の反応ですね。

 

現在はノマド在宅ワークなどのニュースは散々出ています。家で働く選択肢もある。現に私はネットで仕事を請け、依頼された品を納品し、報酬を得ているので、家のパソコンで仕事をしています。(あまり多い報酬ではありませんが。)せっかくなので色々挑戦中です。

最近Amazonのセールでノートパソコンを買ったので、喫茶店などで仕事になるのか試している最中です。メインは投資の方で何とか資産を削りつつ食い繋いでいる感じです。

去年辺りから軽いバイトが出来るまで社会復帰は果たしたのですが、コロナも重なってか、その後10件以上バイトに落ちましたが。(ブランクある中年を雇う物好きなんていませんが。事情を話して同情で雇われるのはこちらも望んでいないので。)

 

そもそも、私が私自身の家に、平日もいるというだけで、何年も血縁関係もない赤の他人の家庭を「あの人無職だから。」と吹聴し、陰口悪口を散々撒き散らし、それに対して苦情を言っても逆恨み、逆ギレして、私が出かけるたびに周り近所や自治班長のまとめ役に私の悪評を流すような事をしてる相手とそれに加担している連中に、どうして私が気遣う必要があるのでしょうか?

 

身内でもない赤の他人の人生に干渉し、自分達の古くて狭い考え方だけで人を一方的に非難している輩に、なぜ従う必要があるのでしょうか?仕事でもないプライベートでそんな連中と付き合いたくないです。

 

何も血縁関係もない、そして迷惑もかけず、ゴミ出しのルールも守り、相続前と変わらず暮らしていました。相続前から良好な関係だったと思います。生まれは現在暮らしている町なので、小学生の頃から長期の休みにはこちらに帰ってきていたので、周りは皆知り合いだし、母の同級生もこのご近所さんの一人です。

 

私は専門学校と大学の頃はこの家で暮らしていましたし、祖父母の介護は私が学校へ行っている間はヘルパーさんに任せていました。祖父母や叔父も周りの人にもいずれ自分は老人ホームに入って、私に家を譲ろうかなと語っていたようです。(彼女達のいじめが始まる前の頃に聞きました。)実際叔父は独身で、叔父の妹である母の一人息子の私を相続人に指名していたので、相続の手続きはスムーズに行われました。

 

それが皆亡くなり、私が相続してから数ヵ月後、私が家の中で遺品整理などをしていると彼らの陰口が聞こえてきました。(古い木造で大きなガラス張りなので外の声は想像以上に聞こえます。)「皆であの子を無視しようよ。」そう言ったのが現在の主犯です。そして、彼女は私が一番信頼しており、叔父の危篤時にも一番最初に電話で相談した方です。

しかもこの方は周りにそんな事を言った後、出かける際にすれ違って挨拶した際、「何か困った事があったら言ってね。私はあなたの事を孫みたいに思っているんだから。」と、私に優しい言葉をかけました。

私は人というものが怖くなりました。「どれだけ長い付き合いでも、これが人間の本性なんだ。」と。心に思いっきり深い傷が入った感じがしました。

 

私自身、一人になって引き継いでこれからやっていけるのか少し不安でしたが、周り近所の方々が幼い頃から知っている方が多数で信用していたので、何とかやっていけるだろうと考えていたのです。その矢先の出来事でした。これが5年前。今に至るまで続く生き地獄の始まりです。

 

そもそも私が数年社会復帰できないほど心を壊された原因はこの方達に、家と遺産相続後、散々陰口悪口難癖付けなどをされ、独りになった家で、幼い頃から知っている方達から一方的な誹謗中傷が始まった事により、家の皆が亡くなって一人になった家で、信用していた人達に裏切られたという事が心に大きな傷となり、自殺寸前まで彼女達の陰口に追い詰められ(と言っても、包丁で自分の頚動脈を切ろうとした時期が何度か多少あるくらいなのでそこまで重傷ではないのですが)、人間不信でカウンセリングさえ受けなかった、家には自分しかいないので自分で何とか立ち直らなければならなかったことにより、筋力を取り戻す事から始め、家も50年経っていて基礎や屋根、風呂などそちらの修理のため、家の中での作業が多く、一人のため、大工の作業中は家にいる必要があった事が原因です。

 

私自身は働く事自体は嫌いではありません。人間が信用できない、恐怖はまだ残っています。だから今の時代の働き方を何とか取り入れ、自分でお金を稼がなくてはなりません。私の人生観が変わり、新しい生き方の模索中です。

 

実際、年齢も30後半になり、フルタイムのバイトすら受からず、たくさん落ちました。

介護は仕事がある?冗談じゃない。老人からの理不尽で一方的にトラウマを植えつけられたのに、その老人とずっと関われと?今度こそ本当に壊れるでしょうね。(私が壊れるなり死ぬなり不幸になるのを望む方は近所にたくさんいますが。)

 

現在の状態でさえ自分の命にも生活にもあまり執着していない、まるで体から離れて浮いているような状態なのに。介護士になるくらいならホームレスになる方がマシです。それほど老人は私のトラウマになりました。いずれ私も老人になるので、今後の私自身の課題ですね。

 

私の家の事情も私の状態も彼女達は知ったこっちゃないですからね。本当に排除する気だったのでしょう。町を出て行く、もしくは死んでしまっても構わないつもりなのだと思います。彼女達にとってこの若者は不愉快な存在だから不幸を願う一心なのでしょう。

 

生まれた頃からの知り合いも含め、私が子供の頃からの知り合いが半数と言うのは私の精神に尋常ならざる酷い傷を負わせました。(全員女性という事もあり、私は父の再婚相手にも似た様な事があり、女性嫌いが少し入っています。今回の近所の方々からされた事で、女性に対してさらに酷いトラウマになりました。少なくともプライベートでは一切女性と関わりたくありません。)

 

おそらく、私がふとしたきっかけで筋トレや読書などに出会わなければ、こうしてブログを続けている事もなく、この世から旅立っていたか、殺人で刑務所に入っていたでしょう。そしておそらく、彼女達は私が死んだ場合喜んでこう言っていたでしょう。

「働かないから罰が当たったんだよ。」と。自分たちのし続けていることを正当化して罪悪感すらなく次のターゲットを探し始める事でしょう。法律で裁けない犯罪者は意外と身近にいるものなのかもしれません。

 

私が引っ越してくるまでは、私の隣近所に済んでいる方の悪口を言っていましたし、この町に戻ってきて早々、私に対して吹き込みましたから。(当然、彼女達に対して違和感を覚えました。こんな人達だったっけ?と。私が大人になったから違和感に気づいたのかもしれません。)

 

私が母の実家である現在の家と遺産を相続して暮らし始めてからより酷くなりました。推測ですが、彼女達はおそらく

 

  • 資産で人のランクを勝手に決める。(そのため、遺産相続した私に自分達が見下されると危機感を覚えた。ちなみに家族の誰もそんな事をご近所さん達にした事ありません。)
  • 「金持ちは悪である」という根拠なき決め付けによる悪を断罪する正義感?に酔っている。
  • 年上年下の年齢による上下意識が強い。そのため自分の地位?(そんなもんないけど)が危ないと考えた。
  • 周りに変化をもたらしそうな、「違う人間」に危機感を覚えた。
  • 妬みや僻みといった自身の弱さを受け入れられないので、相手を排除する事で自分を保とうとした。

 

これらの中の複合した理由を持つ人間だと思います。私が自治会の掃除などで一緒の時に「金持ちなんだから。」と言っていたのと、身につけていたシルバーアクセサリーに「それいくら位したの?数万円?」「家の修繕費用はどれくらいかかったの?」など、相続前の世間話では今まで聞いてこなかったようなお金に絡めた世間話が増えてきたので。私はこの頃からこの近所の方達とは一切話をしなくなりました。

 

遺産も叔父がコツコツと高校生の頃から定年退職まで働いた努力の結果であり、汚い事をして稼いだお金ではありません。大企業で高卒からずっと働いていた事もあり、結構多かったようですが、私が相続した頃は半額近く減っていたようです。(そもそもそれほど莫大な遺産ならこんな町からとっくに出て行ってます。別の所でアパートで暮らすと言う選択肢も、多くのお金があれば可能だからです。私にとって家が形見なのと、そこまで一生遊べるほど多くの遺産ではないから、今の経済状況ではまだ不安で妥協して暮らしていると言う事情があります。)

 

当然ですが、ずっとその地域に住んでいる人間と、昔は住んでいても最近戻ってきた人間では、前者の話を周りは信じます。それはもう当たり前のように疑いません。本当の当初は全員参加でしたから。私の味方はどこにもいません。いくら生まれた頃からの知り合いや、幼い頃からの知り合いだったとしても、表と裏で全く違う事を言ってるんだろうなと、私がもう信用できません。(主犯は私にバレてないと思っていた頃、「あなたの事を孫みたいに思っている。」と私と外で会った時は言っていたからです。裏ではこの方は私の事をみんなで無視しようと提案していた方です。今は私から苦情を言われて、逆恨みして何とか貶してやろうと頑張っているようですがね。)

 

相続と看病のためこの家に戻ってくるまでは、アパートで一人暮らしをして働いていました。(大学卒業後から働いていたので、社会人経験は大体相続までに9年といった所です。工場や文具店、書店、色々な所で働いていました。ずっとお金がなくてハラハラする貧乏暮らしでしたが、人生の先輩にはたくさん恵まれました。)おそらく彼女達からの誹謗中傷がなければ遺品整理後に社会復帰をとっくに果たしていたでしょう。

 

加害者の近所の老人達は人の人生をメチャクチャに踏みにじり続ける挙句、苦情を言っても誰一人非を認めず、謝らず、しかも逆恨み。それどころか私が悪いんだから早く謝罪するなり町を出て行けばいいのにという態度の方が多いです。

おそらくこの人達の頭の中では、私はもう「人間」として扱われていません。人の心を微塵も持っていないのでしょうねこの人達は。こんな身近にこれほどの外道がいるなんて思ってもみませんでした。

 

町の老人達に対して「子供の頃から知ってる優しい大人達」という認識はもう私の中にはありません。もはや完全に「敵」か、「いずれ敵に回る人達」だと認識しています。

こんな方達が孫や息子が毎週会いに来る、友人と毎回遊んでられるくらい愛されているというのはすごい話です。世の中理不尽ですね。

 

皆さんには私と彼女達のどちらが悪いと感じるでしょうか?「お前が悪い!あのおばぁさん達は正しい!」という方もいるでしょうね。むしろ若いうちに家と遺産相続した私に対して持つ感想は、私が悪だという方が多いでしょう。世の中で自分の意見が絶対の正論で正しいと言うのはただの思い上がりですから、私の納得がいかない事も、人から見れば大した事ではないのでしょう。

 

世の中には正論や絶対に正しいと言う答えはないと私は経験から実感しています。一方ではなく、他方の考え方があると。(それでも一方的にやられるのは酷い話ですし、怒りますが。)そしてその中で、色々な考えや現実から、変化し続ける世の中と自分自身を受け入れて、何を選択して生きるのか。それが人間の在り方だと考えが変わりました。

二つの選択肢ではなく、その中間の曖昧さも含めて全ての人は答えが違う。だから世の中は、多様性に溢れていて面白くて醜くて矛盾していて素晴らしいのですから。(すいません言葉で例えられないけど、言いたい事が分かる方もいるのではと思います。)

 

そもそも一方的に彼女達が始めた事なので(そもそも相手の家の中に聞こえるように陰口するなよ)私は彼女らの主張を受け入れませんし、もう普段は縁を切っているつもりで暮らしています。しかし、近所なので協力しなければならないなら、仕方なく妥協しなければならないと考えています。柔軟に、怒りや恨みを抑え、越えねばなりません。

 

叔父の葬式に来てくれた方々という義理があるため、あちらも大人だから、いずれ自分達のしている事を自省して止めるだろうと考えていましたが、それは大いに間違っていると分かりました。私は彼女達を過大評価していたようです。今は考えを改め、コウモリのようにフラフラしてる頭空っぽな人達として何も望みません。起こる事に対処するだけです。

 

来年は彼女達の主犯が自治会の班長です。嫌がらせをしてくるでしょうし、おそらく町内の班員が集まる掃除会などで力のある人間が必要なのですが、それがわかっているからこちらに頭を下げたくないから自治会から排除しようと少しでも私の欠点を探し出して都度周りに「あいつは問題がある!」と言い回っているようですが。

 

なんせ陰口を何年も続けているけど、やめてくれと被害者の私から言われて「私はやっていない、全部あなたの勘違い。」と私のせいにした挙句、傷ついたと私に向かって被害者面しつづけ、結局一切非を認めず、謝らない人ですから。(その後、もうバレてると分かったからか、私の家の前では陰口悪口をやめましたが、私が他の近所の方に褒められたりすると、必ずその人に「あの子働いてないから。」と吹聴しに行ったり、執拗に他の方を捕まえては世間話に私の悪口を絡めるようですが。声デカいから聞こえてるっツーの笑)

 

しかも反省どころか、翌日は勝ち誇って回りに喋っていたくらいですし、親しい人達からたしなめられたみたいですが、「まさか反撃すると思わなかった、だが私はまだ負けてない!」なんて愚痴をこぼす人ですから。(すぐ斜め向かいの家なんだから聞こえてます。数歩で家の前なんですから。)人間としての倫理、道徳は持っていないと想定しておかないといけません。

よく塾の先生なんてやってられるなと思います。しかも子供達に「いじめをするのは良くないから止めましょう。」とかどの面下げて言えるんだろうと。サイコパスって身近にいるんですねぇ。

 

こちらはただ、私本人に聞こえるように私の悪口を言うのと、いちいち周りの人に私の評判を下げるような事を吹聴しないでもらいたいだけです。私への悪口を止めろとまでは言いません。聞こえないところでやってほしいだけです。しかし老人にとってそれはとても難しいようです。

 

そして何より、勝手に一方的に人の風評被害をずーっと続けているくせに、これは勝負なんだと訳の分からない事を言って、苦情を言えば逆上して酷くなる一方なのです。(ちなみに2回目の苦情はご家族の方が対応しましたが、「もう歳だからわかってほしい。」と私に言ったり、「こちらから言っておく。」と言いましたが、おそらく無駄に終わっているのでしょう。つい一昨日も難癖付けに自治班長に告げ口しに行ったようです。)

まさか世の中に本当にここまで酷い人間がいるのかと、漫画や御伽噺より性根の腐った人間の被害に私自身が遭うとは思いませんでした。

  

自分で受けた被害書いていて言うのもなんですが、これは創作や、話を盛っているのではないか?と疑うレベルですね(笑)しかし、あなた方も私の理不尽に遭遇すればこの言いようのない苦しみを理解できるかもしれません。(遭遇しない方がいいですけどね。)

 

今回の一件で人間として少し成長できたので、この心の傷もいずれ風化し、教訓として人の事情を慮れるように変えて生きたいと思います。あの老人達のような馬鹿な真似を次の世代に繰り返してはならないし、歳を取っても自惚れたり人を見下したりする事無く、素直に自身の心と向き合って生きていく、過ちを認めて今後の人生で改善していくと心に刻みました。

 

私は一人っ子なので、私の代で終わると思います。唯一存命の身内は父のみで、県外に暮らしていますが、現在は再婚しており、ほとんど連絡は取っていません。(時々愚痴は聞いてもらっていました。年に数度の電話です。)

 

そして、私を深く知ろうとする方々は近い付き合いになればなるほど、私が家と遺産相続をしたという「幸運」に妬み僻みを感じるでしょうから、今後もなるべく人とは距離を保って、最後まで一人で全てを終える予定です。

 

何せ私が生まれた頃や子供の頃からの知り合いであり、信用していた近所の住人達が主犯であり、複数人で何年も一方的に誹謗中傷しているのですから。人の家の人間が皆亡くなって、一人残って形見を引き継いだ人間に対してする事が、自殺に追い込むか、町から追い出そうというどちらかなのですから、どこにも救いなどないのですよ。

周りはどっちでもいいから関わらないでほしいと言う態度の方も多いし、主婦達は地域に長く住んでいる主犯に同情し、私を敵視する方が多いですから。

 

文章に表すと悲惨に見えますが、普通に私は自分の人生を楽しんでるので気にしないでください(そもそも読む人いないだろうけど)。もう慣れて発狂も爆発も減りましたし、(気づいたら相手たちへの怒りの心の声が、独り言で喋ってたりはたまにある)そもそもその時に対応すればいいだけの話ですし。

 

多いお金は人の人生に影響を与えてしまうとよく分かりました。なので、最後まで一人で生きる覚悟は決めています。(父がまた手術になってお金が足りなくなるなんてこともあるかもしれませんし)父には孫を抱かせることが出来ず、自分の代で終わるのはさすがにご先祖様にも少し罪悪感があるので、募金に少し多めに入れる、神社や仏閣で人のために祈る、など人の役に立つ事を少し意識しようと考えています(つまりこれまでと大して変わらない件)。

 

どちらにせよ私は大人だし、父も高齢でいつまでも周りに頼り、甘えるわけにはいかないので、自分の力でこの状況から前を向いて生きていかねばなりません。今後は自分も人も幸せになるような人生にしていきたいですね。